大田別ノート

物部厨どもが夢、それとも幻。

2010/07


久米多神社

福井県坂井市丸岡町下久米田に鎮座の久米田神社。
参拝したのは、2009年の5月です。
『延喜式』神名帳の越前国坂井郡に、「久米多神社」が見えます。

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祭神は、大伴金村大連です。

大伴金村といえば、武烈天皇や継体天皇らの即位において黒幕ともいわれる人物。皇統の維持に力を尽くした人とされています。
境内の由緒書(案内板)には、継体天皇即位の後
「再び高向の里を訪ねられた継体天皇が、大伴金村大連のそのお働きに深く感謝され建立されたと伝えられています」
と創建の由来が記されていました。

金村を神と崇めたのは継体天皇なんですか?
書紀によれば金村は継体天皇の死後も安閑・宣化・欽明天皇に仕えたとされていて、つまり祀られたのは生前のことになってしまうのですが…
興味深い社伝ですね。

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社名の「久米多」から、来目部が設置されたことが推測可能なのですが、来目部は久米氏を介在させて大伴氏の配下にあったものと見られます。
金村が祭神にあてられるのは、これと継体天皇縁故の地域であることを合わせ考えられた結果なんでしょうね。

後背の山の上に、六呂瀬山古墳群があります。
継体天皇の母、振媛の出身氏らしい三尾氏の一族の奥津城ともいわれています。
四世紀後半には造営が開始されており、一帯にはその後も脈々と有力な古墳が営まれ続けることから、在地の勢力がかなり強かったことが想定できると思います。
来目部もそこから割き取って設置ということになるかと思います。

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境内の入り口に、「弥六岩」という石がありました。
案内板によると、
弥六さんはたいそうな力持ちで、用水に架かる橋が時々傷んで村人が困っているため、石の橋を作ることを思い立ち、二里も離れた山奥から、長さ八尺もある大岩をかついできた…
という伝説が、この石にはあるようです。

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現状は八尺もあるようには見えませんが橋材の割れてしまった残りという可能性もあるのかしら?
用水路の水は豊かに流れていました。

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初出:「久米多神社」『天の神庫も樹梯のままに。』http://blog.livedoor.jp/kusitama/archives/51845504.html 2010年07月29日

高向神社

福井県坂井市丸岡町高田の高向神社。参拝は去年(2009年)のゴールデンウィークでした。
延喜式神名帳の越前国坂井郡に、同名の神社があり、その比定社とされています。

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書紀に、継体天皇は幼少のころに父の彦主人王を亡くし、母の振媛は故郷である当地に戻り、天皇を育てたとあります。
そのときの振媛の言葉とされるもののなかに、
「余、高向に帰寧ひがてらに、天皇を奉養らむ」
とあり、高向の注として「越前国の邑の名なり」とあります。
和名抄にみえる、越前国坂井郡「高向郷」がこの一帯にあてられています。

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そんなわけで、祭神は振媛と応神天皇です。
継体天皇は応神天皇の五世孫という触れ込みで即位しましたからね。

振媛の出自については垂仁天皇の七世孫と、書紀は少しぼかしてありますが、古事記に石衝別王の後裔とある三尾氏が有力視されています。釈日本紀に引く上宮紀の系譜で、振媛(布利比弥)が伊波都久和希の子孫とされているからです。

ここ丸岡・松岡地域は、古墳時代前期から後期まで、断絶することなく有力な規模の古墳が継続して営まれた場所で、振媛は北陸随一の名族のお姫様だったと考えられます。

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神社はこじんまりとして周囲を田畑に囲まれた小さな集落のなかにあります。常駐の神職の方もいらっしゃらない、普通の神社です。

境内の由緒書には、「武内宿祢六世の孫高向氏」に縁故の地で、振媛もその氏の出だとありました。
高向氏は新撰姓氏録の右京皇別上にある高向朝臣のことと思われます。
「石川同氏。武内宿祢六世孫猪子臣之後也。」とあって、たぶんこれに発想を得て書かれた由緒なのでしょう。猪子臣は舒明即位前紀にみえる高向臣宇摩の父ともいわれるそうで、氏は天武十三年に臣姓から朝臣姓になっています。
本拠地には、河内国錦部郡の高向(河内長野市高向)をあてるのが通説のようです。
蘇我氏からの分岐は稲目と同時代とする見解もあるようですが、いずれにせよ六世紀のことで、振媛をこの氏と関係させるのは難しいようです。

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同じ由緒書に、振媛は彦主人王との間に三児をもうけたと書かれていたのがちょっと気になります。
男大迹王は第一皇子だそうなので、ふたりの弟か妹がいたことになってるんでしょうね。小さい子が三人もだなんて、振媛かわいそうです。
でもどうしてこんな設定にされてしまったんでしょうね。

特に遺構が出てきたわけではないようなんですが、「高向の宮跡」は町指定の史跡になっているそうです。
こうやって貴重な伝承を守ろうというのですね。

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案内板は上の古いものと、下写真の新しいものとで二つありました。

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振媛想像図が描かれています。
初投稿時、「かなり上手い絵で素敵」と感想したら、歴史イラストレーターの早川和子氏によるものだという情報をいただきました。なるほど納得。

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飛鳥むかしむかし 飛鳥誕生編 (朝日選書)
早川和子
朝日新聞出版
2016-08-10



初出:「高向神社」『天の神庫も樹梯のままに。』http://blog.livedoor.jp/kusitama/archives/51838221.html 2010年07月06日
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