福井県坂井市丸岡町下久米田に鎮座の久米田神社。
参拝したのは、2009年の5月です。
『延喜式』神名帳の越前国坂井郡に、「久米多神社」が見えます。

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祭神は、大伴金村大連です。

大伴金村といえば、武烈天皇や継体天皇らの即位において黒幕ともいわれる人物。皇統の維持に力を尽くした人とされています。
境内の由緒書(案内板)には、継体天皇即位の後
「再び高向の里を訪ねられた継体天皇が、大伴金村大連のそのお働きに深く感謝され建立されたと伝えられています」
と創建の由来が記されていました。

金村を神と崇めたのは継体天皇なんですか?
書紀によれば金村は継体天皇の死後も安閑・宣化・欽明天皇に仕えたとされていて、つまり祀られたのは生前のことになってしまうのですが…
興味深い社伝ですね。

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社名の「久米多」から、来目部が設置されたことが推測可能なのですが、来目部は久米氏を介在させて大伴氏の配下にあったものと見られます。
金村が祭神にあてられるのは、これと継体天皇縁故の地域であることを合わせ考えられた結果なんでしょうね。

後背の山の上に、六呂瀬山古墳群があります。
継体天皇の母、振媛の出身氏らしい三尾氏の一族の奥津城ともいわれています。
四世紀後半には造営が開始されており、一帯にはその後も脈々と有力な古墳が営まれ続けることから、在地の勢力がかなり強かったことが想定できると思います。
来目部もそこから割き取って設置ということになるかと思います。

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境内の入り口に、「弥六岩」という石がありました。
案内板によると、
弥六さんはたいそうな力持ちで、用水に架かる橋が時々傷んで村人が困っているため、石の橋を作ることを思い立ち、二里も離れた山奥から、長さ八尺もある大岩をかついできた…
という伝説が、この石にはあるようです。

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現状は八尺もあるようには見えませんが橋材の割れてしまった残りという可能性もあるのかしら?
用水路の水は豊かに流れていました。

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初出:「久米多神社」『天の神庫も樹梯のままに。』http://blog.livedoor.jp/kusitama/archives/51845504.html 2010年07月29日