大田別ノート

物部厨どもが夢、それとも幻。

赤城神社


赤城神社(1)

前橋市二之宮町の赤城神社。地名のとおり、上野国の二宮として有名です。
祭神は赤城神、大己貴神、豊城入彦命。
近くには古道「あずま道」が通っていたことが発掘により確認され、鎌倉時代初期に作られた「女掘」と呼ばれる掘割の痕跡も、この神社の北に残ります。
大室古墳群からは南西に3キロメートルにあり、このあたりは古代から上野の重要地域だったようです。
境内の宝塔は南北朝時代の、塔心礎は鎌倉時代のものと見られています。

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大室古墳群


群馬県前橋市にある大室古墳群。

前二子古墳

墳丘全長94メートル、後円部径69メートルの前方後円墳。6世紀初頭ころの築造と見られます。

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中二子古墳

墳丘全長111メートル、後円部径66メートルの前方後円墳。6世紀前半~中葉ころの築造。

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後二子古墳

全長106メートル、後円部径48メートルの前方後円墳。6世紀後半ころの築造。

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小二子古墳

全長38メートルの小前方後円墳。

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太田天神山古墳


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群馬県太田市内ヶ島にある、天神山古墳。大田じゃなくて太田で大丈夫ですね…?
墳丘全長210メートルは、東国最大の古墳として有名。全国でも27位にランクインするそうです。
築造は5世紀中葉ころといわれます。安本美典氏は、これを応神朝に対朝鮮軍事将軍として活躍したという、荒田別の墓にあてています。ユニークで面白い説です(『巨大古墳の被葬者は誰か』)。
主体部は盗掘を受けて、棺材が後円部東南裾に転落している、と本に載ってたりするですが、現地で見回したかぎりでは確認できませんでした。畿内の天皇陵級の石棺と比べても遜色のない、長持形石棺らしいです。
上写真は近くの跨線橋から撮りました。冬枯れの時期に行くと、木々のなかに墳丘が透けて見えて形状がなんとなくわかります。

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下写真は女体山古墳。
天神山古墳の隣りにある、106メートルの帆立貝形墳です。
ところでわたくし、帆立貝形古墳と、造り出しのある円墳との違いがよくわからんのです…

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初出:「太田天神山古墳」『天の神庫も樹梯のままに。』http://blog.livedoor.jp/kusitama/archives/50824472.html 

雑記帳、はじめよう

このエントリを最古記事にするため、日付も古くしていますが、ここを記したのは2021年12月です。

以前にやっていたブログの整理のために、またブログをはじめる、というわけのわからない行動をすることにしました。
新規記事は…まだわかりません。ノートという表題にしたので、ニュースの備忘記録+ひとことコメント、みたいのをやりたいのですが、ツイッターのリツイートで気が済んでしまうんですよね。
重複してもいいじゃない、という気持ちでだらだらやれたらいいな。

以前のブログを知らない方に知っておいてもらうとわかりやすいかな?という情報として、私は2009年までの四年間、生まれ育った北海道を離れて埼玉県北部に住んでいました。リーマンショック後の不景気がなければもう1年くらいはいたはず。そうしたら九州旅行も行けたのに…と、そんなこといってもしょうがないですね。
それからは、北海道在住です。その四年間のエントリで「近い」「遠い」のような表現がある場合、北海道からではなく埼玉からの基準になっているかもしれません。

一応、
旧ブログの物部氏関係記事→「天璽瑞宝」へ。
旧ブログの日記的・時事・いまとは考えが変わってる・はしゃぎすぎで恥ずかしい記事等→削除。
それ以外の旧ブログ記事→この新ブログへ。
というのを考えてます(できるとはいっていない)
日記的なのや、一時の感情にまかせて吐き出すみたいのは、ツイッターでやります。

削除っていうのは、過去の自分が恥ずかしいというのもありますが。
書いてた当時とネットでできることや取り巻く環境が変わってきたなっていうのがありますね。炎上とか恐いです。
ほどほどのところでやっていくしかないですね。

伊豆の武人
コメント
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